2010年12月20日月曜日

ファジーマッチレートについても書いてみた

前に、単価のことを書いたんですが、Trados などの CAT ツールを使用している方は、8 円だとか 10 円だとかの基本単価以外に、ファジーマッチレートにも気をつける必要があります。

単価だけではなく、ファジーマッチレートを気にかけていないと冗談抜きで辛い目に会います。というか、ファジーマッチレートのほうが、作業語数に影響を与えるのでたちが悪いと言えます。

下記にレートの例を示します。

No.Rep10099-9594-8584-7574-50No Match
13030100100100100100
230303050100100100
31030305070100100
4100305070100100
510010203050100


1 番のレートは、「全体的にブラッシュアップしたい。どこを変えてもいいからドキュメントの質を向上させたい」という太っ腹な某企業がときどき提示するレートです。数回受注したことがあります。改版時のドキュメントの質が一番優れています。

個人的には、上記の 2~4 番のレートが最も一般的だと感じます。実作業時間のリサーチなどをしっかり行っている大手ソースクライアントやエージェントが提示するレートです。

4 番のレートは、いわゆる「100% Match, No Pay」案件です。これも費用節減が課されている企業の案件に良く見かけますが、エージェントの前処理さえしっかりしていればイラつかないで済むと思います (しっかりしていないことも多いですが・・・)。

個人的には、この付近が実際の翻訳作業時間に即したまともなレートだと思います。上の表は例としてあげただけで、微妙なゆれとかは結構あります。でも低マッチ率部分のレートはだいたい次の式の計算結果範囲内に収まります。個人的には 74-50% は 100% の支払いをするべきだと思っています。

(100% - CATツールのマッチ率) × 2.0~2.5


問題は、5 番のレートです。ときどきあるんですよね。見たことがない人は幸せです。

これは、ファジーマッチの作業時間のリサーチを行っていない会社のレートです。改版の原稿であれば既にどうしようもなく品質が低く、向上させる気も起きないと思います (まれにエース社内翻訳者がリライトしたと思われる素晴らしい原稿もありますが、そういうのはラッキーだと思います)。次のような計算式になると思います。

(100% - CATツールのマッチ率) × 1


このレートを出すエージェントは次の覚悟をしていると思われます。

- 翻訳者は単語の置き換えだけすればいい
- マッチで引っ張ってきたセグメント内のスタイルなんか修正しなくてもいい
- マッチで引っ張ってきたセグメントの日本語が変でも再利用してかまわない

で、率直に言って 5 番目のレートの案件は、品質を落としてよいと思います。あなたの絵を 10 万で買いたいという人と 5 万で買いたいという人に同じ絵を描いてはいけないと思います。こういった案件に対しては、私は正規表現によるチェックもしませんし、マッチで引っ張ってきた差分以外の場所のスタイルエラーも修正しません。まぁ、気になり過ぎたら少し直すぐらいです。

私は不誠実な翻訳者でしょうか?


でも、皆さんが通常のファジーマッチレートと同じ品質で仕上げようとしても、品質は落ちてしまうのです。単価を気にするのにファジーマッチのレートを気にしないと本当に地獄を見ますよ。これから説明しますね。

繰り返しになりますが、作業時間のリサーチをきちんと行った会社のファジー レート (特に低マッチ率部分) は (100% - CATツールのマッチ率) × 2.0~2.5 の付近にあります。これは、ファジーの比率が上下しても翻訳者に過剰な負荷がかからないようにしているんです。誠実だと思いますし、翻訳者に作業時間の予測を正確に行わせるうえでエージェント側にも利益があると思います。

翻訳者側も「うひょー、80% マッチで Full Rate かよ。もうけもうけ」などと喜ぶだけではなく、それほどの品質が期待されていることに応える気持ちでとりかからなくてはなりません。


次のようなよくある比率を例にして、語数の変化を見てみましょう (実際の案件を加工したものです)。

Rep10099-9594-8584-7574-50No MatchTotal
015000150010005001000300022000



5 番のレートでは、語数が 4000 word になります。

1500 x 0.1 + 1000 x 0.2 + 500 x 0.3 + 1000 x 0.5 + 3000 x 1.0 = 4000

ところが、4 番のレートでは、語数が 5300 word になるんです。

1500 x 0.3 + 1000 x 0.5 + 500 x 0.7 + 1000 x 1.0 + 3000 x 1.0 = 5300

つまり、2000w/day の作業者が本来 3 日近くかかる作業があたかも 2 日で可能な分量として計算されて依頼されてきます。もちろん 4000 ワード分しか支払われないので基本単価 10 円でも 40000 円にしかなりません。

基本単価が 8 円でファジーレートが 4 番であれば、42400 円になります。基本単価の 2 円ぐらいはファジーマッチレートを低めに設定されるだけで軽く吹っ飛ぶのです。


つまり、ファジーマッチレートを低くするだけで、翻訳者に意識させることなく翻訳納期を短縮でき、なおかつ 10 円の単価の翻訳者に実質 7 円台で作業させることができます。依頼側にとってこれほどおいしい方法はありません。

ですが、大きな穴があります。処理能力を超えた語数を翻訳者 (特に Trados 初心者) に意識させずに作業させているので品質は低下する傾向にあります。時間という大きな足かせがあるんです。

低ファジーレートを受けるなとは言いません。ですが作業時間の現実に即していないということを早めに察知して、色々な品質管理手順や文章の向上手順を省き通常の 1.5 倍の速度で処理する気でとりかかる必要があります。

こういう心構えでできあがった文章と、「あれぇ、そんなに難しくないのになんでこんなに苦しいんだ」と思いながら時間に追われて仕上げた文書の品質はあまり変わらないと思います。というか、時間に追われた翻訳者の品質のほうが低くなると思います。

私がさっき「品質を落としてもよい」と書いたのは、こういう理由からです。

私はよっぽど機嫌が良くない限り、低ファジーレートの案件に対しては高度な品質管理手順は使いません。妥当なレートを維持してくれているエージェントやソースクライアントに失礼だと思います。というか、既存の翻訳がチェックに引っかかり過ぎて使用できません。もちろん 1~4 番付近のレートではベロチューできるほど愛を込めて翻訳していますよw

1~5 番にかけて手を抜いていっていいと言うと語弊があるので、5~1 番にかけて品質を上げていく必要があると言ったほうがいいのかなぁ。まぁ、響きの善い悪いだけで、結局同じなんですけどね。

そのうちに「Penalty の数値を動かすだけで翻訳者を苦しめることもできる」について書きたいと思います。単価を気にするなら Trados のからくりの隅々まで知ることが必要です。

追記: 少し誤解を生んだ部分があり、計算式がよく当てはまるのは特に低ファジー部分であると書き直しました。また、それに伴い、式の係数を少し変更しましまた。

4 件のコメント:

  1. 素晴らしい記事です。

    No.5 のような設定、私は遭遇したことありませんが、もしこんな設定があるとしたら断固、佐川さんのおしっゃるように「それなり品質」で対抗すべきですね。

    それ以前に、こんな案件は全員がボイコットできればベストです。74-50レンジをここまで下げたら、たしかにペナルティしだいでいくらでも翻訳者を搾取できます(84-75も同様)。

    こういう設定についてこそ、JTFのような性格の団体が「標準単価比率設定」というのを掲げて、不当なダンピングを排除すべきです。

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  2. あれー、珍しく文末の駄洒落がありませんでしたね。

    結構楽しみにしてたんだけどなw

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  3. baldhatter さん。
    さすがです。しっかりした大手とのお付き合いが多いと出会うことは少ないかもしれませんね。

    50% を見たときはひっくり返りましたw

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  4. Falcon さん。

    えーとw すみません。
    最近は、思いつかなかったときは省略するようにしてますw

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